記念講演

東京大学特任教授前内閣総理大臣補佐官和泉 洋人氏

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皆さん、こんにちは。
まず功労者表彰を受けた皆さん、本当におめでとうございます。
この法律は、平成11(1999)年にでき、平成12(2000)年に施行されましたが、本日表彰を受けた方をはじめ、本当に多くの方のご協力で実現されたものです。実行委員会の松村会長もお話しされましたが、それは難産を極めた法律でした。当時、私は建設省で住宅生産課長になる前に住宅生産課の企画官を2年間、その後2年間、課長としてこの法律の制定に携わりました。
本日は25周年を記念して、法律の特色、背景、経緯、制度の実績、意義、今後の課題について、かいつまんでお話しします。松村会長からは「もう25年経ったのだから言っても良い話もあるだろう」とおっしゃっていただいていますが、まだ話してはいけないこともあるようなので、程々にして、当時のエピソードなども織り交ぜながらお話ししたいと思います。

住宅品確法の特色

まず、本法律の特色ですが、私が政策研究大学院大学の教授をしている時に、法制度には「市場の補完」「市場の誘導」「市場の整備」の3類型がある(と教えていました)。その中で、この法律は3番目の「市場の整備」に類する、国土交通省(旧建設省)の中でも非常に特色のあるものでした。私は昭和51(1976)年に建設省に入省して平成24(2012)年に退官するのですが、法律改正の機会に恵まれました。今日の講演のために数えたところ、33回の法制定・改正、そのうち10回が新法でしたが、この法律ほど思い出深く、かつエネルギーをかけたものはありませんでした。

住宅品確法の制定に至る背景と経緯

次に、法律の制定の背景ですが、冒頭に松村先生がお話しされたところは省略しますが、当時の住宅分野では消費者並びに生産者・供給者双方にとって様々な課題があることが認識され、建設省の政策において問題となっておりました。
こうしたなか、平成7(1995)年の阪神・淡路大震災に伴う被災調査の結果、欠陥住宅であったということが原因での倒壊被害の報告が多数ありました。また、当時のデータによると、これはかなりきめ細かな検査を受けた住宅金融公庫の融資を受けた住宅とそうでないものとを比較すると、被害状況に明らかに有意な差がありました。
また、平成6(1994)年には製造物責任法(PL法)が制定されますが、不動産は対象外であったこともあり、住宅のトラブルも増大し、国民生活センターへの相談件数もうなぎ登りに増えていきました。
当時のトラブルの代表的なものに、通称「秋住問題」がありました。秋田県木造住宅株式会社という一種の第3セクターが秋田杉を全面的に使って良い住宅を造るというキャッチフレーズで住宅を供給していて、地盤が悪かったことも原因ですが、非常に大きな欠陥が生じました。さらにマスコミを賑わしたのは、調べてみたら秋田杉はほとんど使ってなかったというセンセーショナルなこともあり、欠陥住宅問題が連日テレビで報道されておりました。
欠陥住宅対策に関しては、住宅品確法に先立ち、建築基準法改正による中間検査制度などが創設されますが、事前担保措置のみではトラブルが根絶できないという問題があり、新しい法制度の整備が必要との結論に至りました。
さらに、姉歯事件に代表される、いわゆる構造計算書偽装事件を契機として、住宅品確法をさらに強化するための制度ができますが、それは後ほどご紹介します。
法律の骨格は「住宅性能表示制度の整備」、先ほど日本弁護士連合会(日弁連)の副会長さんがお話しになった「住宅紛争処理体制の整備」、「住宅の瑕疵担保責任の充実」の三本柱です。

住宅性能表示・評価制度について

住宅性能表示制度は、消費者がなかなか住宅の性能を理解できない、住宅供給者間の比較もできないといった、いわゆる情報の非対称性を解消するための制度として「日本住宅性能表示基準」という国がつくった共通のルールを用いて、公正中立な第三者機関である登録住宅性能評価機関が審査と現場検査を行い、評価書を発行するものです。
ポイントとしては、単に性能を評価するだけでなく、この性能評価書を添付して契約すると、この性能評価書どおりの住宅を引き渡すことを契約したものとみなすところにあります。こういった点が単なる評価とは異なる特徴と言えます。

住宅紛争処理体制づくり/弁護士会との連携

住宅紛争処理体制については、弁護士会の先生方と再三議論をいたしました。当時の日弁連会館に週2回程度通っていました。
一番初めは、本日会場にも来てくださっている当時の課長補佐の住本靖氏が、とにかく早く相談に行こうと言うので、本日の功労者表彰を受賞した山田勝利先生に早々に相談に伺いました。山田先生はなかなか洒脱な方で、こちらの説明をじっと聞いて最後に一言「君、儲からない話持ってきたね」と話されました。これが日弁連との最初の出会いです。

その後、議論を交わし、平成9(1997)年夏には箱根芦ノ湖周辺で弁護士会の先生方と3日間の合宿を行いました。課長補佐以下と若手の弁護士の先生は夜もいろいろ検討をしていましたが、私と山田先生はお酒を飲んでカラオケを歌い、途中で音が漏れたらしくて「うるさい」と怒られた記憶があり、誠に楽しい合宿でありました。
この法律の制定後には、紛争処理機関として単位弁護士会が指定されることになるわけですが、これについては当時、弁護士会とで侃々諤々の議論がありました。端的に言うと、日弁連というのは極めて独立性の高い機関であって、したがって法務大臣でさえ日弁連に対して何の権限もない。そういう世界で住宅紛争処理というすごく狭い部分ではありますが、建設大臣が弁護士会に報告徴収や業務改善命令をするなどという(仕組みを受け入れてもらう)のは、なかなかのアレルギーがありました。

これもまた当時課長補佐の住本氏と二人で全国の弁護士会をたくさんまわりましたが、弁護士会も各地で各様な対応でした。印象深い弁護士会を挙げますと、一つは大阪弁護士会。当時の会長は後に日弁連会長となる久保井一匡先生でした。はじめに執行部の方との面談で豪勢なお弁当を出していただきましたが、そのあと「どうぞこちらへ」と通されたのが消費者委員会で、そこでかなり叱られました。これが大阪弁護士会です、当時の、です、語弊のないように申し上げておきます。
もう一つは、東北地方の小さな弁護士会に行き、説明が終わり帰ろうとすると、会長が追いかけてこられ、謝金を渡されそうになったこともありました。
このように各地の弁護士会も極めて多様性のある組織であることを、この際ご紹介しておきたいと思います。

有識者との基準検討・関係団体との調整

性能評価の技術的な検討には私はほとんどタッチしておりませんけれども、本日、功労者表彰を受賞されました諸先生や、事務局的な立場にある一般財団法人ベターリビングの眞鍋純理事長といった当時のマニアックな技術系の課長補佐、係長が参加して、200回以上の会議が開かれたと聞いております。消費者団体やマスコミの方々からは、何しろ分かりやすい表示制度にしてくれとの要請があり、議論をしておりました。

そして当然こういった住宅の話ですから、経済産業省、当時の通商産業省(通産省)と大変関係があります。これも当初から膝詰めで議論をして、法制定後は協力して施行に励んだわけです。
本日この会場に、当時、私のカウンターパートであった通産省住宅産業課長の本城薫氏(前・アルコール協会専務理事)が来られていますが、本城氏とは、法律の調整を一緒にし、法律ができて以降は、建設省や通産省の関係団体を多岐にわたって説明に参りました。本城さんの協力で、建設省以外の関係団体も極めて好意的にこの制度の創設を歓迎してくれました。
今日祝辞をいただいた住宅産業界とも継続的に協議を進めました。当時は当然反対する方もおりまして、25年経ってここに来て(業界団体の)一覧表を見ると思い出深いものがあります。

率直に申し上げて、(業界の)全部が全部、賛成というわけではありませんでした。ある時、特定の団体が反対に回りそうになりヒヤッとした経験もありました。
いろいろなことがありましたが、特に中小の関係団体の対応が心配されましたので、中小の関係団体の方々の心配を払拭するために、当時あった任意の保険制度を使いやすいように、中小事業者向けの基金制度を作ってご理解を賜り、反対されていた中小の関係団体も最後は賛成に回ってくれて、全部が賛成に転じるといった結構ドラスティックなこともありました。

法律制定の経緯

次に法律制定の経緯です。国会審議は、参議院、衆議院の順番で行われました。
平山正剛先生(弁護士)と巽和夫先生(京都大学名誉教授)、このお二人の先生に参考人として国会の審議に立ち会っていただきました。
このお二人は、本当にお話が上手で、答弁書も持っていないのに、国会議員が質問すると、「先生、とても大事ないい質問です」と言って滔々と答弁してくださる。感激的なシーンを今でも覚えております。結果として、両院とも全会一致での賛成だったのですが、その過程では、自民、自由党、公明党による自自公政権のなかで、一瞬、与党である自由党が反対に回りそうなことがあって、肝を冷やしました。最終的には全会一致で可決成立しました。
先ほどお話ししましたように、この指定住宅紛争処理機関の制度は日弁連の独立性から見ると、いろいろ懸念される方もある制度でした。ご理解を賜るために、全国をまわった話をしましたが、スタート時に指定したのは38弁護士会でした。最終的にご理解賜って、平成16(2004)年3月までに52弁護士会すべて指定することができました。
平成12(2000)年10月から性能評価機関の指定を開始しました。当初は64機関、現在は125機関に及んでいます。
このような体制で性能評価機関が業務を開始し、住宅品確法は全面施行されるに至りました。

制度活用の実績と幅広い住宅政策の展開

制度活用の実績として、先ほど冒頭に3割という話がありましたが、実に性能評価書の交付は合計800万件以上(設計住宅性能評価書と建設住宅性能評価書の延べ交付数)、紛争処理の実績も累計で574件、専門家相談件数も2,258件となり、制度として十分にワークしていることは嬉しいと思います。

この制度ができたことで住宅政策の裾野が広がりました。私が建設省に入省した頃の昭和51(1976)年は、住宅政策といえば地方公共団体が住宅を建設する公営住宅制度と建築基準法くらいしかなかったのですが、そこにこの市場整備型の政策制度、住宅品確法が登場したというわけです。

この住宅品確法の制度が、その後、特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律(住宅瑕疵担保履行法)に繋がり、紛争処理体制は日本初のADR(裁判外紛争解決手続)ですので、その後の平成16(2004)年の裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)に繋がりました。加えて、福田康夫政権の時にスタートした長期優良住宅の普及の促進に関する法律(長期優良住宅法)の基準は、この住宅性能評価基準を参考にしたものです。
さらには耐震等級のランクに応じて地震保険料率も合理化され、省エネ基準の改正も性能評価基準と連動して進められました。また、この既存住宅性能評価での現場検査の基準を反映して、宅地建物取引業法(宅建業法)によるインスペクション制度ができたわけです。
言うなれば、この住宅品確法というのは、住宅政策が非常に幅広くウイングを拡げる、一つのマイルストーンだったと思います。
次に、関連制度の代表として、住宅瑕疵担保履行法についてお話しします。
平成17(2005)年11月に発覚した構造計算書偽装事件ですが、これによってせっかく10年間の瑕疵担保期間を設けても、売主が倒産してしまうと瑕疵担保責任が履行されないということが極めて問題になりました。こういったことをカバーするために、新しい制度の必要性が出てきたわけです。
ここで1点付言すると、あの事件が起きたときに、住宅瑕疵担保履行法はなかったのですが、住宅品確法に基づく基本構造部分の10年間の瑕疵担保責任の対象となりました。ちょっと迂遠ですが、欠陥マンションを買った人は、瑕疵担保期間10年以内に収まりました。もしこの住宅品確法がなかったならば、破産した会社の欠陥マンションを買った人々は、瑕疵担保期間に入っている人と瑕疵担保期間に入ってない人に分かれてしまい、入ってない人に対しては、当該破産した会社の破産財団からの分配ができませんから、被害者住民の間で非常に深刻な分断が起きていたと考えられます。したがって、(全額の)カバーはできませんでしたが、破産財団の公平な分配を全欠陥住宅マンションの住民の方々にできたという意味で、10年間の瑕疵担保責任が先行したことは決して悪いことではありませんでした。

また、この時は、初めに建築基準法の改正が先行し、構造計算についての審査等を厳格化しました。これはやり過ぎてしまい、何が起こったかというと、その時、私は住宅局長だったのですが、平成19(2007)年6月の改正法施行で、8月に着工件数のデータが出てきたら、対前年比4割減であることが判明し、GDPは3兆円のマイナスと、とんでもないことが起きました。私、よく、当時クビにならなかったと思います。これは、もう亡くなられましたが、冬柴鐵三先生という、本当に人格の優れた、そして、素晴らしい知識のある弁護士出身の国土交通大臣がいらっしゃったおかげで首の皮がつながったということでありました。
この住宅瑕疵担保履行法のスキームには、保険と供託金との2種類があるのですが、保険について、はじめ保険会社は非常に後ろ向きでした。正直言ってどのぐらいの損害を被るかわからないと。こういう世界で本邦初公開でしたから大変だったのですが、これも粘り強く交渉して、最終的にご理解賜り、このような制度ができたわけです。
この資力確保の現在の状況は、保険、供託金ともに着々と積み上がり、合計してざっと1,200万戸です。日本の1,200万戸の住宅が10年の間、基本構造部分に欠陥が出れば、最大2,000万円(オプションで引上げ可能)の範囲で、売主は倒産しても消費者は救済されるという体制ができたわけです。このような体制ができているのは多分日本だけだと思います。

今後の課題

このように、25年の間に住宅品確法は実績を積み重ねてきたわけですが、まだまだ課題はあります。
例えば、既存住宅の維持保全の状況確認を含めた評価や既存住宅の流通は道半ばですし、評価済み住宅がその後、評価どおりの性能をずっと発揮し続けてきたのかといった調査なども未熟です。
人口が減る中、こういった性能評価等についてAIなどをどう組み合わせていくかということも大事、などまだまだいろいろな課題がありますので、先程、国土交通省の宿本住宅局長が挨拶されましたが、こういった課題を一つ一つ着実に対処していっていただきたいと思います。

こういった課題があることは国土交通省でも十分認識していて、来年3月の決定を目指して、住生活基本計画の見直しの検討が進められております。今回の住生活基本計画の見直しにあたっては、2050年に向けて人口および世帯の構成が大きく変化しつつある中、豊かな住生活を実現できる市場環境の整備が特に求められていると、そういった認識のもとに議論が進められていると聞いております。

去る9月19日に審議会から中間とりまとめが示されました。特に多世代にわたり活用される住宅ストックの形成、最近サーキュラーエコノミーという言葉が流行っていますが、住宅ストックの性能や利用価値が市場で適正に評価されて循環するシステムの構築、こういった課題を挙げて、2050年に目指すべき住生活の姿を描きながら、住宅の質向上・加速化への支援、維持管理・流通の市場環境整備を当面の方向性として考えています。これらは、住宅品確法の施行25年を経た現時点においても、未だ残された政策課題です。

2050年は住宅品確法施行から50周年にあたります。私は今72(歳)ですけれど、日本は今100歳以上が1万人いますから、2050年の住宅品確法50周年においても、登壇はしませんが、会場のどこかに座っていることができるよう、健康に留意して、住宅と同様、長く保つ人間でありたいと思っています。
これは冗談です。ご清聴ありがとうございました。